「大きな夢や目標を持て!」のデメリット。成功法則なんて存在しない

本田圭佑選手がセリアAのACミランに移籍し、2戦目で初ゴールを決めました。

本当に、素晴らしいですね。感動です!!

本田選手がACミランに移籍が決定したとき、本田選手が小学校の卒業文集で書いた作文が話題になりました。

「ぼくは大人になったら、世界一のサッカー選手になりたいと言うよりなる。世界一になるには、世界一練習しないとダメだ。だから、今、ぼくはガンバッている。今はヘタだけれどガンバッて必ず世界一になる。そして、世界一になったら、大金持ちになって親孝行する。

Wカップで有名になって、ぼくは外国から呼ばれてヨーロッパのセリエAに入団します。そしてレギュラーになって10番で活躍します。一年間の給料は40億円はほしいです」

同じように、イチロー選手が小学生のときに書いた作文もまた、よく話題になります。

で、ここぞとばかりに多くの大人が自分の子供に言うのが

「志を大きくしろ! 夢を大きく持て! 目標を明確にしろ!」です。

それ自体は間違っていないのですが、安易すぎません?

もちろん、夢や志を高く持つことは素晴らしいことです。

しかし、自分の子供に対して、「もっと夢を大きく持てとか、メジャーリーガーを目指せ!」というのは、私は安直すぎると思っています。

そんな簡単なことだけで、メジャーリーガーやセリアA入れるのなら、もっと多くの人が入っています。

「いやいや、もちろん実際に行くのは簡単ではないけど、メジャーリーガーやセリアAに行くには、最初からそこを目指さなければ、絶対に行けるはずがない」という人がいますが、本当にそうでしょうか?

ここは是非、アンケートを取ってもらいたいのですが
メジャーリーガーになった人全員が、小学生のときからメジャーリーガーを目指していたのでしょうか?

メジャーリーガーまでいかなくても、甲子園に出た人でもいいです。甲子園に出た人全員が、小学生の頃から甲子園に出ることを目指していたのでしょうか?

ましてや、大きな会社をつくるとか、内閣総理大臣になるとか、ノーベル賞を受賞するとか、俳優になるとか、実際になった人で、小学生の頃からそれを夢見てた人って少ないと思うんです。

というか、今、小学生で野球かサッカーをやっている子の作文なんか、ほとんどがメジャーリーガーになるとか、ワールドカップで点を決めるとか、そんなことが書いてあると思います。

いやいや、それ自体が悪いということではないんですが、それって「成功法則」ではないと思う、ということが言いたいんです。

法則とは、「ある物事と他の物事との間に、必然性や普遍性を持つ関係がある」ということです。

イチロー選手や本田選手が、「僕は草野球や草サッカーで活躍できるくらいの選手で十分です」と言っていて、それを大人が「いやいや、もっと夢を高く持て!」と言って、「じゃー、メジャーリーガー目指します!」となったわけではないと思うんですよね。

イチロー選手も本田選手も、自発的になりたいと思い、目指した。

別に、大人が「夢を大きく持て、志を大きくしろ」と言って大きくなったわけではないんですよ。

で、最初は夢や志が大きくなかったけど
野球やサッカーを単純に楽しんでいて、楽しんだ延長に、もっとうまくなりたい、もっと強い選手と戦いたいと上にあがっていくパターンもあると思うんですよね。というか、こっちのほうが多いんではないでしょうか?

だって、イチロー選手や本田選手の作文がニュースになるってことは、ニュースバリューがある、つまりレアってことだからです。

それなのに、こういうニュースを聞いて、自分が子供の頃に夢見ていた職業についていない親が、子供に対して「夢が小っちゃい。メジャーリーガーを目指せ!」と言うのって、どうなんでしょうか?

今、世の中は、「明確な長期的目標を持ち、それに向かって進め!」ということがとっても推奨されていますが、私自身は、明確な長期的目標は、デメリットが多いと思っています。

たくさんのデメリットがあるのですが、その中でも2点お伝えしたいです。

1点目が、明確な長期的目標は「可能性を狭める」ということです。メジャーリーガーを目指した時点で、この子の他の可能性は見えにくくなります。

もしかしたら、この子はサッカーの才能のほうが大きいかもしれませんし、サッカーをやっているほうが楽しいかもしれません。もっと言えば、音楽とか、絵とか、起業家として生きるほうが楽しいかもしれません。

長期的な目標を明確にすればするほど、可能性は狭まるんです。

「だからダメなんだ!」ということではなく、こういうデメリットもあるということです。

2点目が、目の前の視野が悪くなる、ということです。

焦点を考えてください。人間というのは、遠いところを見ると、近いところの焦点はぼやけて見えます。

つまり、長期的な視野に立つと、今、目の前のことが見えにくくなる、ということです。

人生は、今、目の前で起きていることの連続、積み上げです。今、目の前で起きていることを楽しまないのは、人生を生きている、楽しんでいるとは言えないんじゃないでしょうか?

将来、プロ野球選手やオリンピック選手になる、医者や弁護士になる、という夢のため、目の前の楽しいことをすべて犠牲にして、それに向かって突き進む。

これが素晴らしいことのように語られていますが、もしやっている子が「僕はすべてを犠牲して、頑張っている」と感じている時点で、私はかなりきついと思います。

本当の超一流になる人は、これを犠牲だと感じません。つまり、他の何よりそれが楽しいから、それを優先してやっているんです。

これを、大人の都合で、無理やりやらせても、素敵な大人にならないんじゃないでしょうか?

社会的にはエリートの人でも、あんまり幸せそうでない人に、私はよく出会います。

昔から勉強をやらされ、確かに今、高い給料、ブランド力のある仕事についていますが、人間的な魅力がなかったり、裏でド変態なことをやっている人はたくさんいます。

また、大人になってから、「大きな夢を持て、高い目標を持て」と言われて持った人は、だいたいその高すぎる目標と、今の現状との差に絶望感を感じ、結局何も変わらないどころか、大きな目標を持つ前より、人生の幸福度が下がる人もいます。

高い目標や大きな夢を持つことは素晴らしいことなのですが、それよりもっと大切なことは、自分の本当に好きなこと、楽しいことを見つけるってことなんです。

で、この自分の本当に好きなことや楽しいことは、簡単に見つかるものではないということです。特に、大人になってからは。

だから、私は安直な「高い目標を持て、大きな夢を持て」という成功法則をおすすめしません。

その人が、本当に好きで、楽しいことを見つけることは、すごく難しいことです。しかし、それを見つけられれば、必然と、高い目標や大きな夢になっていくと思っています。

なので、求められているのは、多くの人が周りの一人一人に関心を持ち、その人の本当の才能を見つけてあげることです。才能は、大人になればなるほど、自分で見つけるのが難しくなります。

ですので、周りの人が、その人に関心を持って、その人が向いていることや楽しいことを提案していってあげるのが、社会のためなんです。

子供に関しても、その子が好きなことや、楽しそうにやっていることを、注意深く見てあげて、どんどんやらせてあげるのが、大人の仕事だと思います。

けっして、なんとなくやっているサッカーに対して、「もっと高い目標を持て!」とバカの一つ覚えみたいに言うのではなく、その子が、「なぜサッカーが好きなのか?」、「どういう瞬間が楽しいのか?」などということを見たり、聞いたりしながら、その子が好きなことをもっとやれるような環境を提供していきたいと、私は思っています。

もちろん、これは大人に対しても同じです。

社員に、高い売上目標だけを課したところで、社員はけっして数字を上げることはできません。社員の好きなことや楽しいことをやった結果、数字が上がる仕組みをつくるのが、社長の仕事ではないでしょうか?

人間には、全員に特殊な才能があります。

その才能を、全員が生かして生きれば、この社会は、もっと素晴らしいものになるでしょう。

セリアAに行ける人は、世界中で数十人ですが、自分の好きなこと、楽しいことでご飯が食べられるようになる人は、世界中の全員が可能です。

人生は、まだまだこれから。

【関連記事が読めます】
目標はいらない。今年こそ楽しいことをやろう
年収を上げる単純な方法
30代よ、東京オリンピックまでに、自分の安全領域から飛び出そう!


カテゴリー: 使命と成功   パーマリンク

コメントは受け付けていません。