日本最高のストーリーテラー:ソフトバンク孫正義社長 名言

ソフトバンクという会社をご存じだと思います。日本で最も人気のある社長、孫正義さんが1981年に立ち上げ、今ではグループ企業の売上高2兆7634億円、従業員数約2万人を誇る(2010年3月期)、大企業です。

孫さんは、日本の経営者では抜きん出たストーリーテラーであり、ストーリーを活用したマーケティングの天才だと私は思っています。孫さんのコンセプトは、「不可能にチャレンジする」というものです。孫さんは、「常に大きな敵と戦う」という明確なポジションをつくって、多くのファンを獲得してきました。

孫さんには、数々の伝説がありますが、その中でも、「不可能にチャレンジする」というコンセプトに沿った物語が、ADSL事業への参入です。2001年、NTTの独壇場だったインターネット回線にベンチャー企業のソフトバンクが戦いを挑んだのです。

孫さんは、ヤフーBBのブロードバンドビジネスを始めるにあたり、周りの社員から「社長、本気であのNTTと戦うつもりですか?」と聞かれた際に、「男が勝負するならNTTぐらいの大きさがちょうどいいんだよ。それ以下だったら弱いものイジメだよ」と答えたという話があります。

また孫社長は、のちにこのADSL参入について、「日本にブロードバンドを普及させようとしてきた。万一、ソフトバンクが潰れても、NTTが目覚めて、値下げして、結果、日本のインフラがよくなればいいと本当に思っていた」と語っています。孫さんは、このようなヤフーBBの挑戦で、本当に日本のブロードバンド料金を低廉な水準にすることを実現しました。

しかし、孫社長のNTTとの戦いは終わりません。2004年には通信事業の日本テレコムを買収して、その2年後の2006年には、なんと2兆円を出して、携帯電話通信事業のボーダンフォンまで買収。携帯電話事業に乗り込み、NTTdocomoという巨大企業との戦いを始めることになります。

このように、大きな敵を設定して、それに果敢に挑んでいく姿勢は、多くの共感者を得ました。

孫さんは、本田総一郎さんが大好きで、ホンダがまだ町工場だった頃、本田宗一郎さんがミカン箱の上に乗り、「ホンダを世界の企業にする」と宣言して、それを実際に成し遂げたことに深く感銘を受けていました。

そして、自らもソフトバンクを創業した初日に、ミカン箱の上に乗り、2人しかいないアルバイトを前にして、「少なくともソフトバンクは、30年後には豆腐屋さんのように、売上の単位を1兆(丁)、2兆(丁)と数えるぞ。1000億とか5000億なんちゅうのは、モノの数字ではない。1兆、2兆と数えてはじめて、モノの数だ! そういう規模の会社にするぞ」と宣言したそうです。

このストリーテリングは、もう天才としかいいようがありません。

スティーブ・ジョブズが、ペプシコーラの事業担当社長をしていたジョン・スカリーを、Appleに引き抜くときに言った、「このまま一生、砂糖水を売り続けたいか? それとも世界を変えたいか?」という口説き文句に匹敵するほど、素晴らしいストーリーテリングだと思います。

ただ、先ほどのアルバイト2人は、「この人はおかしい。気が狂ってる」と思って、1週間後に2人とも辞めたそうですが(笑)。しかし、孫さんは、30年もかからずに、売上を2兆円以上にしたのです。

孫さんの武器は、このストーリーテリングにあるわけです。社員やお客様にストーリーを語り、そのストーリーに巻き込むことで、社長の、また会社のファンを増やしていったわけです。

しかし、孫さんの人生も順風満帆だったわけではありません。孫さんは24歳のときに、ソフトバンクを立ち上げます。当時、パソコンソフトをつくっている会社は増えてきましたが、それを売る会社がありませんでした。そこでソフトバンクはパソコンソフトの卸売り業にフォーカスして、一気に攻めます。から始めますが、これが大ヒットします。創業1年目からパソコンソフトの卸売りNo.1の座を獲り、1年目のの売上が20億円、2年目には45億円と急成長していきました。孫さんは、寝る間も惜しんで働いたのです。

しかし、その創業2年目で孫さんは病魔に侵されます。過労からくる慢性肝炎と診断されたのです。当時、慢性肝炎は不治の病で治療法は見つかっていませんでした。さらに、診断されたとき、肝炎はかなり進行していて、医者からは「余命5年」と宣告されたそうです。

孫さんは大きなショックを受けます。せっかく事業が軌道に乗り出したと思った矢先の病気。そして、余命は5年。毎日泣いていたそうです。それでも病院を抜け出して会社に行って、命を削りながら仕事をしていました。そして孫さんは考えます。「自分はなぜ仕事をしているのだろうか?」。創業した当時は、「大きな会社にしたい」、「大きな家に住みたい」、「カッコイイ車にも乗りたい」と、欲望がたくさんありました。

しかし今、こうやって命を削って仕事をしているのは、決してそんな欲望のためではない。結局は、人から笑顔で「ありがとう」と言われるためにやっているんだ。人に喜んでもらうという、究極の自己満足のために私は働いているのだと、気づいたと言います。

そして、病室で坂本龍馬の本を読み、「龍馬は32歳で死んだ。けれでも、32歳までの人生で、世の中を変えた。私も残りの人生が少ないとしても、世の中を変えることはできるはずだ。人間いつかは絶対に死ぬ。だから、それまでは自分が全てを賭け得る「事」を全力でやろう」と決意したそうです。そこから、正に命がけの事業がはじまり、奇跡的に病気も克服し、たった30年でソフトバンクをここまで大きな会社にしたのです。

今、このソフトバンク・孫さんのストーリーに巻き込まれる人が急増しています。それは孫さんのTwitterのせいなのです。

孫さんはTwitterを早くから活用していました。お客様の声に反応する。お客様から意見が出たら、すぐに「やりましょう」と言って実行する。そのたびに、マスコミに取り上げられ、ソフトバンクの加入者は増えていきました。Twitterを通して、孫さんのファンになった人が大勢います。

以前、歌手の浜崎あゆみさんが、Twitter上で「始めまして、浜崎あゆみと申します。孫さんーっっっ!! 犬のお父さんと共演したいでございます」とつぶやいたことがあります。それに対して孫さんは、得意の「やりましょう」で快諾。そして、約4カ月後の2010年10月1日に、本当に浜崎あゆみさんと犬のお父さんが共演するCMが放送されたのです。

この物語に多くの人が驚嘆し、新しい時代を感じたと思います。そして、浜崎あゆみさんのファンも増えたでしょうし、ソフトバンクや孫さんのファンも増えたと思います。これが、Twitterの威力です。

また、孫さんは、坂本龍馬好きを公言し、NHKの大河ドラマ「龍馬伝」を見ては、「感動した」や「涙を流した」などのツイートをしています。これによって、多くの坂本龍馬ファンも、孫さんに興味を持ったり、ファンになったと思います。

プロ野球の球団の買収も、「さすが」の一言です。スポーツは、現代の数少ない大勢の人が一緒に物語に参加できるイベントです。野球でもサッカーでも、好きな球団が同じという理由だけで、すぐに友達になれます。だからこそ、孫さんは福岡ホークスの買収に乗り出したのです。携帯通信事業をやるにあたって、これほど有利なものはほかにありません。

福岡ホークスの試合があれば、Twitterでいろいろとつぶやき、相手チームに勝てば、メチャクチャ喜ぶ。このことで、多くの福岡ホークスファン、そして野球ファンが、孫さんに興味を持ち、ファンになったと思います。

そして、孫さんは、ソフトバンク全社員に、「Twitterをやれ」とも言っています。孫さんは、これからは会社で働く人が、ソーシャルメディアを活用して、その会社の広報・宣伝をしていくということを理解されているのだと思います。

大企業の社長が、一消費者からのツイートに真摯に対応し、時には謝罪までする姿は、間違いなくビジネスが新しい時代に突入したことを知らしめててくれるものです。

@今日もありがとうございましたm(__)m

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