カテゴリー別アーカイブ: 伝説のストーリー(カッコいい生き方)

シルベスター・スタローン(ロッキー)の伝説ストーリー

ロッキー

映画「ロッキー」でロッキーを演じた、シルベスター・スタローンさんって、ご存知ですよね?

僕は、スタローンさんが大好きです。

彼のストーリーは、まさに伝説です。

シルベスタースタローンは、出産時に医師のミスにより顔面の神経に傷がついてしまいます。そのため、顔面の半分が麻痺してしまい、言語障碍(がい)が残ります。

その障碍のため、小さい頃、よくいじめられたそうです。

スタローンは、大学生のとき演劇に興味を持ち、演劇学科に入学します。しかし、授業料が支払えなくなり中退。アルバイトをしながら、俳優になることを目指します。

そして、スタローンは、もうすぐ30歳になるというのに、ポルノ映画やゲテモノ映画に出演したことが数回あるだけの役者にとどまっていました。スタローンがこれまでに落ちたオーディションの回数は54回。言語障碍の後遺症は、俳優として致命的だったのです。また、典型的なシチリア人の風貌や、身長が170cmしかないのも、大きなハンデとなります。

スタローンはこの頃、動物園でライオンの清掃係までやって、食いつないでいました。そんな極貧の生活の中で、奥さんは妊娠したのです。

スタローンは、オーディションに受からないのは、「オレに合う映画がないから」だと考え、「だったら自分で書けばいい」と思い、シナリオを書き始めます。次から次へと脚本を書いては、映画会社に送りました。しかし、返事は一つもありません・・・ 書いた脚本の数は、30以上でした。

「オレには、脚本を書く才能ないのか・・・」とスタローンは落胆します。

そんな時、スタローンは何気なく、「モハメド・アリ 対 チャック・ウェプナー」のボクシングの試合を見ていました。

この頃の「モハメド・アリ」は、史上最高のハードパンチャーと称された「ジョージ・フォアマン」をKOでブチ破り、王座に返り咲いたばかりでした。

モハメド・アリのマネージャー「ドン・キング」が、激闘の「ジョージ・フォアマン」戦を終えて、アリの息抜き・骨休めのためだけに用意した相手が、「チャック・ウェプナー」だったのです。

チャック・ウェプナーは当時36歳。ファイトマネーだけでは食えないので、セールスの仕事をしながら、ボクシングをやっていました。

高額なファイトマネーにつられてやって来た「かませ犬」、当時、多くのマスコミが彼をそう表現していたそうです。

しかし、試合がはじまると、チャック・ウェプナーは、アリの執拗(しつよう)な攻撃にも、倒れません。パンチを何十発ももらい続け、ウェプナーの顔は血まみれになります。しかし、倒れない。

そして、運命の9ラウンド。

ウェプナーの繰り出したパンチが、アリのわき腹を直撃。なんと世界最強のアリからダウンを奪うのです。

アリはすぐに立ち上がり、クソみたいな相手に倒されたことに激昂(げっこう)して、ウェプナーに猛攻撃を仕掛けます。しかし、結局アリは、ウェプナーをKOすることはできませんでした。

そして試合終了後、すべての観客が敗者であるウェプナーに、スタンディングオベーションで、拍手を送り続けたのです。

スタローンは氣がつくと、この試合をテレビに噛りついて見ていました。そして、「これだ。ウェプナーこそ、オレがやるべき役だ」と震え、立ち上がります。そして試合の後、3日間寝ずに脚本を書き上げ、プロダクションに持ち込んだのです。

プロダクションは、その脚本をものすごく気に入り、7万5000ドル(当時約2300万円)という破格の値をつけました。しかし、プロダクション側は、製作の条件として「主演にポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、アル・パチーノといった有名スターを起用する」ということを、スタローンに提示しました。

妻が妊娠して、貯金が100ドルしかなかったスタローンにとって、喉から手が出るほど欲しい大金。しかし、スタローンは「自分を主役にしないなら脚本は渡せない」とこの条件を固辞。

プロダクションは、「じゃー、12万5000ドル(当時約3800万円)でどうだ?」と聞きます。

スタローンは、ゆっくり顔を横に振ります。

「じゃあ、20万ドル(当時約6100万円)だ!」

スタローンは、「No

「わかった、36万ドル(当時約1億1万円)出す。これで決めてくれ」

スタローンは、一言いいました。

オレに主役をやらせろ

その結果、俳優としてのギャラは俳優組合が定める最低金額、プロデューサーはなし、制作費はテレビシリーズ1本分、脚本料を2万ドル(当時約610万円)に減額して、スタローンを主役にすることが決定します。

低予算のため、スタローンたち俳優は、自前の衣装で参加。メイクも自分でし、宣伝用スチール写真は、スタローンの妻サーシャが撮影しました。フィルム代も節約するために、1テイクの撮影が基本。そのために、何度も何度もリハーサルをしたのです。セットを組むお金もないので、普通のアパートを借りて撮影が行われました。

そして、できあがった「ロッキー」は、スターが出演していないし低予算だったため、本当にわずかな映画館でしか、上映が開始されませんでした。

しかし、徐々に口コミで感動が広がり、終わってみれば世界的な大ヒットを記録。興行収入は、製作費の100倍以上、1億2000万ドル(当時約366億円)を稼ぎ出します。そして、同年のアカデミー賞最優秀作品賞を受賞、また無名だったスタローンも、アカデミー賞主演男優賞と脚本賞にノミネートされました。

映画界では、このロッキーをアメリカン・ドリーム「20世紀最大の奇跡」と呼ぶようになります。

ヤバすぎます。この伝説。

普通の人なら、2300万円で脚本を売っていたでしょう。しかし、スタローンさんが脚本を売っていたら、「ロッキー」はここまでヒットはしていないと思います。

低予算で、スタローンさんがロッキーを演じたからこそ、これだけの情熱がある作品になり、大ヒットにつながったのだと思います。

スタローンさんは、わかっていたんですね。ロッキーを演じるのは、自分がベストだということを。

足りないものは、お金でも、スキルでも、人脈でもない。

不足しているのは、情熱とアイデアだけ。

@今日もありがとうございましたm(__)m

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日本最高のストーリーテラー:ソフトバンク孫正義社長 名言

ソフトバンクという会社をご存じだと思います。日本で最も人気のある社長、孫正義さんが1981年に立ち上げ、今ではグループ企業の売上高2兆7634億円、従業員数約2万人を誇る(2010年3月期)、大企業です。

孫さんは、日本の経営者では抜きん出たストーリーテラーであり、ストーリーを活用したマーケティングの天才だと私は思っています。孫さんのコンセプトは、「不可能にチャレンジする」というものです。孫さんは、「常に大きな敵と戦う」という明確なポジションをつくって、多くのファンを獲得してきました。

孫さんには、数々の伝説がありますが、その中でも、「不可能にチャレンジする」というコンセプトに沿った物語が、ADSL事業への参入です。2001年、NTTの独壇場だったインターネット回線にベンチャー企業のソフトバンクが戦いを挑んだのです。

孫さんは、ヤフーBBのブロードバンドビジネスを始めるにあたり、周りの社員から「社長、本気であのNTTと戦うつもりですか?」と聞かれた際に、「男が勝負するならNTTぐらいの大きさがちょうどいいんだよ。それ以下だったら弱いものイジメだよ」と答えたという話があります。

また孫社長は、のちにこのADSL参入について、「日本にブロードバンドを普及させようとしてきた。万一、ソフトバンクが潰れても、NTTが目覚めて、値下げして、結果、日本のインフラがよくなればいいと本当に思っていた」と語っています。孫さんは、このようなヤフーBBの挑戦で、本当に日本のブロードバンド料金を低廉な水準にすることを実現しました。

しかし、孫社長のNTTとの戦いは終わりません。2004年には通信事業の日本テレコムを買収して、その2年後の2006年には、なんと2兆円を出して、携帯電話通信事業のボーダンフォンまで買収。携帯電話事業に乗り込み、NTTdocomoという巨大企業との戦いを始めることになります。

このように、大きな敵を設定して、それに果敢に挑んでいく姿勢は、多くの共感者を得ました。

孫さんは、本田総一郎さんが大好きで、ホンダがまだ町工場だった頃、本田宗一郎さんがミカン箱の上に乗り、「ホンダを世界の企業にする」と宣言して、それを実際に成し遂げたことに深く感銘を受けていました。

そして、自らもソフトバンクを創業した初日に、ミカン箱の上に乗り、2人しかいないアルバイトを前にして、「少なくともソフトバンクは、30年後には豆腐屋さんのように、売上の単位を1兆(丁)、2兆(丁)と数えるぞ。1000億とか5000億なんちゅうのは、モノの数字ではない。1兆、2兆と数えてはじめて、モノの数だ! そういう規模の会社にするぞ」と宣言したそうです。

このストリーテリングは、もう天才としかいいようがありません。

スティーブ・ジョブズが、ペプシコーラの事業担当社長をしていたジョン・スカリーを、Appleに引き抜くときに言った、「このまま一生、砂糖水を売り続けたいか? それとも世界を変えたいか?」という口説き文句に匹敵するほど、素晴らしいストーリーテリングだと思います。

ただ、先ほどのアルバイト2人は、「この人はおかしい。気が狂ってる」と思って、1週間後に2人とも辞めたそうですが(笑)。しかし、孫さんは、30年もかからずに、売上を2兆円以上にしたのです。

孫さんの武器は、このストーリーテリングにあるわけです。社員やお客様にストーリーを語り、そのストーリーに巻き込むことで、社長の、また会社のファンを増やしていったわけです。

しかし、孫さんの人生も順風満帆だったわけではありません。孫さんは24歳のときに、ソフトバンクを立ち上げます。当時、パソコンソフトをつくっている会社は増えてきましたが、それを売る会社がありませんでした。そこでソフトバンクはパソコンソフトの卸売り業にフォーカスして、一気に攻めます。から始めますが、これが大ヒットします。創業1年目からパソコンソフトの卸売りNo.1の座を獲り、1年目のの売上が20億円、2年目には45億円と急成長していきました。孫さんは、寝る間も惜しんで働いたのです。

しかし、その創業2年目で孫さんは病魔に侵されます。過労からくる慢性肝炎と診断されたのです。当時、慢性肝炎は不治の病で治療法は見つかっていませんでした。さらに、診断されたとき、肝炎はかなり進行していて、医者からは「余命5年」と宣告されたそうです。

孫さんは大きなショックを受けます。せっかく事業が軌道に乗り出したと思った矢先の病気。そして、余命は5年。毎日泣いていたそうです。それでも病院を抜け出して会社に行って、命を削りながら仕事をしていました。そして孫さんは考えます。「自分はなぜ仕事をしているのだろうか?」。創業した当時は、「大きな会社にしたい」、「大きな家に住みたい」、「カッコイイ車にも乗りたい」と、欲望がたくさんありました。

しかし今、こうやって命を削って仕事をしているのは、決してそんな欲望のためではない。結局は、人から笑顔で「ありがとう」と言われるためにやっているんだ。人に喜んでもらうという、究極の自己満足のために私は働いているのだと、気づいたと言います。

そして、病室で坂本龍馬の本を読み、「龍馬は32歳で死んだ。けれでも、32歳までの人生で、世の中を変えた。私も残りの人生が少ないとしても、世の中を変えることはできるはずだ。人間いつかは絶対に死ぬ。だから、それまでは自分が全てを賭け得る「事」を全力でやろう」と決意したそうです。そこから、正に命がけの事業がはじまり、奇跡的に病気も克服し、たった30年でソフトバンクをここまで大きな会社にしたのです。

今、このソフトバンク・孫さんのストーリーに巻き込まれる人が急増しています。それは孫さんのTwitterのせいなのです。

孫さんはTwitterを早くから活用していました。お客様の声に反応する。お客様から意見が出たら、すぐに「やりましょう」と言って実行する。そのたびに、マスコミに取り上げられ、ソフトバンクの加入者は増えていきました。Twitterを通して、孫さんのファンになった人が大勢います。

以前、歌手の浜崎あゆみさんが、Twitter上で「始めまして、浜崎あゆみと申します。孫さんーっっっ!! 犬のお父さんと共演したいでございます」とつぶやいたことがあります。それに対して孫さんは、得意の「やりましょう」で快諾。そして、約4カ月後の2010年10月1日に、本当に浜崎あゆみさんと犬のお父さんが共演するCMが放送されたのです。

この物語に多くの人が驚嘆し、新しい時代を感じたと思います。そして、浜崎あゆみさんのファンも増えたでしょうし、ソフトバンクや孫さんのファンも増えたと思います。これが、Twitterの威力です。

また、孫さんは、坂本龍馬好きを公言し、NHKの大河ドラマ「龍馬伝」を見ては、「感動した」や「涙を流した」などのツイートをしています。これによって、多くの坂本龍馬ファンも、孫さんに興味を持ったり、ファンになったと思います。

プロ野球の球団の買収も、「さすが」の一言です。スポーツは、現代の数少ない大勢の人が一緒に物語に参加できるイベントです。野球でもサッカーでも、好きな球団が同じという理由だけで、すぐに友達になれます。だからこそ、孫さんは福岡ホークスの買収に乗り出したのです。携帯通信事業をやるにあたって、これほど有利なものはほかにありません。

福岡ホークスの試合があれば、Twitterでいろいろとつぶやき、相手チームに勝てば、メチャクチャ喜ぶ。このことで、多くの福岡ホークスファン、そして野球ファンが、孫さんに興味を持ち、ファンになったと思います。

そして、孫さんは、ソフトバンク全社員に、「Twitterをやれ」とも言っています。孫さんは、これからは会社で働く人が、ソーシャルメディアを活用して、その会社の広報・宣伝をしていくということを理解されているのだと思います。

大企業の社長が、一消費者からのツイートに真摯に対応し、時には謝罪までする姿は、間違いなくビジネスが新しい時代に突入したことを知らしめててくれるものです。

@今日もありがとうございましたm(__)m

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精神病で町おこし!年商1億円の浦河べてるの家

北海道の東南、襟裳岬にほど近い人口1万5000人の町、浦河町(うらかわちょう)という町をご存知でしょうか?

ここにはとっても有名な、精神障害をかかえた人たちの社会福祉法人「浦河べてるの家」があります。

浦河べてるの家は、「地域のために、日高昆布を全国に売ろう!」と有限会社を設立し、今では年商1億円を超す企業になっています。そして、見学者は年間1000人以上にも上るそうです。このように「べてるの家」は、運営がすごくうまくいっている社会福祉法人なのですが、いったいどんなマーケティングを行っているんでしょうか?

まず、浦河べてるの家のスローガンを見てみましょう。
「精神病で町おこし」
「昆布も売ります、病気も売ります」
と、今までタブーとされてきた、病気や精神病を”ウリ”にして、マーケティングを行っています。

そして、べてるの家の理念は
・三度の飯よりミーティング
・安心してサボれる職場づくり
・自分でつけよう自分の病気
・手を動かすより口を動かせ
・偏見差別大歓迎
・幻聴から幻聴さんへ
・場の力を信じる
・弱さを絆に
・べてるに染まれば商売繁盛
・弱さの情報公開
・公私混同大歓迎
・べてるに来れば病気が出る
・利益のないところを大切に
・勝手に治すな自分の病気
・そのまんまがいいみたい
・昇る人生から降りる人生へ
・苦労を取り戻す
・それで順調
と、病気は“すばらしい個性”というメッセージを放っています。
べてるの家にいる人たちは、「病気になってよかった」と胸を張るそうです。そして、ソーシャルワーカーも、トラブルを起こす人に「順調だね」と声をかけるのです。

精神病の方の幻覚の内容をおもしろおかしく笑うことなど、通常では絶対に”してはいけないこと”とされていますが、べてるの家では違います。べてるの家では、幻聴を「幻聴さん」と呼んで親しみます。そして、年に1回、メンバーたちが経験した幻覚や妄想、それにまつわる数々の言動から、ユニークなものを選び、表彰するのです!!

こういう一見、不真面目そうな社会福祉法人の運営がうまくいっていて、“ちゃんと”真面目にやっているそのような施設が、うまくいってなかったりします。そうなると、”ちゃんと”真面目にやっている方々は、すごくイライラするんじゃないかな~と思います。

でも、人間というのは楽しいところに集まってくるわけです。これはビジネスでも同じです。日本のように、これだけ物やサービスが氾濫すると、どんなに役に立つサービスでも、どんなにすばらしい商品でも、それだけでは売れません。究極的に、売れるかどうかは、楽しいかどうか?ということなんだろうと思います。

見ていて楽しいとか、参加して楽しいとか、使って楽しい、食べて楽しい、その人を真似して楽しいなど、楽しいから続けてくれるわけです。「かわいそう」は、一時的には効果があるかもしれませんが、なかなか継続してもらうのは難しいんですね。

医療や福祉、介護、ボランティアに、”楽しさ”を入れると、「けしからん」と言う人もいますが、医療や福祉、介護、ボランティアも結局は多くの人とお金が集まらないと、続けられないわけです。だとするならば、どんな団体・機関にもマーケティングは必要であり、その中に”楽しさ”を入れることが、重要だと僕は思っています。

これはけっしてまじめにやっている方を非難しているわけではありません。多くの方が、自分を犠牲にして、医療や福祉、介護、ボランティアに情熱を注いでくださっています。そういう方々のおかげで、日本や世界は動いていると思っています。そして、そういう方々を、僕は尊敬しています。

しかし、裾野を広げることも大切なことだと思っています。今まで、興味がある人しか参加しなかった医療や福祉、介護、ボランティアに、もっと大勢の方が関心を持つことが、まじめにやっている方々への最大の貢献だと考えています。
そして、裾野を広げるには、やはり”楽しい”という要素は外せないと思います。

参考にさせていただいた記事
ふらっと
べてるねっと
べてるの家 Wikipedia
べてるの家 Twitter
■書籍もたくさん出ています。
べてるの家の「非」援助論―そのままでいいと思えるための25章 浦河べてるの家

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治りませんように――べてるの家のいま/斉藤 道雄

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@今日もありがとうございましたm(__)m

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田中マルクス闘莉王選手の「日本人になったことを誇りに思う」

今日は、田中マルクス闘莉王選手について書きたいと思います。

サッカーW杯日本代表は、大方の評論家、サポーターの予想に反して、決勝トーナメントまで進出し、そこでも敗れることはありませんでした。PKによってベスト8に進むことはできませんでしたが・・・

この戦いを見た多くの日本人が勇気をもらい、大会前に批判していたあの大勢の人たちは、いったいどこへ消えたのか?と思うほど、多くの国民が日本代表に称賛を送りました。

本当にすばらしい活躍だったと思います。

そのような中で、僕は闘莉王選手について書きたいと思います。

闘莉王選手は、W杯直前に行われた強化試合であるイングランド戦では前半に得点を決めたものの、後半にはオウンゴールを献上してしまいます。そして、6月4日に行われたコートジボワール戦でも、2戦連続となるオウンゴールを決めてしまいました。もちろん、これは両試合とも仕方のないオウンゴールです。

また、オウンゴール後に、コートジボワールのエースストライカーであるディディエ・ドログバ選手に行ったタックルで、ドログバ選手は右腕を骨折してしまいました。

僕はこのとき、Twitterをやりながらゲームを見ていましたが、もう批判の嵐でした。多くの人が日本代表や岡田監督を非難し、特に闘莉王選手対する批判はすごかった。批判というか、誹謗中傷ですね。サッカーにさほど興味がない人も、便乗で誹謗中傷をしているような感じでした。見るのも悔しかったです。今でも、Googleで「闘莉王」と入力すると、とんでもない関連検索キーワードが現れます。

こんなにボロクソ言われて、僕は絶対に選手たちはやる氣をなくしているんだろうなと思っていました。特に、闘莉王選手は、日本人に帰化してまでも日本代表として命がけで戦っているのに、何の苦労もしていない一般視聴者から、心ない誹謗中傷を受けるわけです。

僕は一応、高校・大学とラグビーを7年間やってきました。高校のときは、運よく日本一になることもできました。もちろん、日本一と世界戦では次元が違います。だから、僕がサッカー日本代表のことについて言うのはおこがましいかもしれませんが、でもやっぱり言いたい。

スポーツってのは、ホントに厳しんです。特に、世界を目指すっていうのは、とてつもない努力が必要です。これはやったことがある人しかわからないんでしょうけど、とにかくすごい。毎日、毎日地獄のような練習をして、1位になれる人は1人または、1チームのみ。他の人は、全員負けるのです。

1年間で辛いことが99%。趣味や恋愛、仕事、家族を犠牲にして、楽しいのは試合に勝ったときだけ。そして、本番のたった一つのミスが、1年間や4年間の99%の地獄の努力を水の泡にするんです。はっきりいって、とんでもない世界です。

僕はW杯前、命をかけて日本のために戦ってくれた人たちに対して、なぜ人は「批判ばかりするのだろう」と思っていました。なんか、ものすごく悔しかったし、切なかった。この直前で批判したところで、日本代表は良くならないのに・・・
しかし、本番で結果が出たら、今度は、あっさり手のひらを返して、「オレは前から信じていたぞ」的なノリで、よくやったよくやったのオンパレード。Twitterも、あれだけ批判ばかりだったのに、W杯では「感動した」「泣いた」というツイートばかりに変わっていました(^_^;)

あぁ、そうなんですね。結局、人生は結果だけなのですね。結果を出せばみんな一斉に褒めてくれて、結果が出せなければ、どんなに努力をしてもボロクソに言われる。言った本人はすぐに言ったことを忘れるでしょうが、言われた本人は、一生心に傷がつく。

それでも、結果だけを求めてがんばるスポーツ選手は、やっぱりすごいな~。

闘莉王選手が負けた後に残した言葉が
「日本人になったことを誇りに思う」

あれだけ多くの日本人にボロクソ言われて、こう言えるってすごいなと思います。
僕は、闘莉王選手の足元にも及びませんが、少しでも近づけるよう、もっともっと結果を出したいと思います。
試合が終わった後、PKを5番目に蹴るはずだった闘莉王選手は、(PKを外した)駒野選手に「オレが蹴っていたら、絶対に外していた。だから、氣にするな。」と言ったそうです。

こういうこと言える人って、すごいと思うし、本当に”日本人らしいな”と思います。

@今日もありがとうございましたm(__)m

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伝説の社会活動家 アジアチャイルドサポートの池間哲郎さん

僕が最も尊敬している社会活動家に、アジアチャイルドサポートの池間哲郎さんという方が、いらっしゃいます。

池間さんは、1990年からアジア(ベトナム、タイ、フィリピン、カンボジア、ミャンマー、モンゴル、スリランカ他)のゴミ捨て場や、スラム街、危険な地域に足を運び調査・撮影、支援を続けてきた人です。

その人の苦しみは、同じ環境になってみないとわからないという信念のもと、モンゴルのマンホールチルドレンと一緒にマンホールの中で過ごしたこともあるそうです。マンホールの中は、無数のゴキブリとネズミで、人間の唇や耳たぶは、ネズミにかじられてしまいます。だから、マンホールチルドレンの子たちは、みんな唇や耳たぶが欠けています。

また、池間先生は、途上国における支援と共に「国際協力を通した日本の青少年の健全育成」を基本理念に掲げ、自ら撮影した映像を使い「一生懸命に生きることの大切さや命の尊さを、日本人こそアジアの人々から学んで欲しい」というメッセージを発信し続け、2008年現在で約2000件の講演を行い、のべ聴衆者は50万人を越えています。

ドラマ3年B組金八先生で取り上げられたこともあるので、知っている方も多いのではないでしょうか?

この池間さんの講演会に再び行ってきました。

うちの新入社員、あ~やと行ってきたのですが、あ~やも、もちろん私も泣きました。そして、会場に来ていた100人以上の大人や学生も、みんな泣いていました。それぐらい衝撃的な話なのです。

この講演会に行けなかったうちのキャストには、池間さんの講演会DVD
小さな会社はストーリーを語れ! 岩崎聖侍の集客とブランディング
を見てもらったのですが、みんな泣いて、しばらく茫然としていました。

そんな講演会から、僕が印象に載っているお話を。

もう今はないそうですが、フィリピンに、ゴミでできた場所、通称スモーキーマウンテンというゴミ山があります。
池間さんは、ここで会った10歳の女の子に、夢を聞きました。その子は「私の夢は、大人になるまで生きることです」と答えたそうです。

これを聞いたとき、池間さんはこの活動を一生やって行こうと決めたそうです。

ゴミ山では、トラックにひかれたり、破傷風になったして、子供たちがどんどん死んでいきます。15歳まで生きられる子は、3人中1人だけだそうです。

ゴミ山にいる子たちは、ゴミの中からプラスチックなどを集めて、それを売って生活しています。日本の中古の靴は、1ドル程度で買えるそうですが、そんなお金もないため、子供たちはボロボロのサンダルや裸足で作業をします。そして、ガラス破片などで足に傷を負い、破傷風になって死んでいくのです。

ここでは、3歳ぐらいの子も、家族のために働いているそうです。

また、タイの貧しい地域では、女の子が大人の体になった時、売春婦として売られていくそうです。11歳~13歳ぐらいですね。性の意味さえ知らない子たちが、家族のために売られていくのです。その子たちは、都会で1日50人、多いときには100人のお客を相手にします。

最初は、女の子たちも嫌がるそうですが、暴力で抑えつけられ、ボッコボコにされて、やらされるそうです。そして、数年後、多くの子がHIVに感染します。エイズが発症すると、お客を取れなくなるので、故郷である村に帰されます。

しかし、その村では、エイズ教育がなされていなく、エイズは空気でうつると思われていました。なので、エイズに感染した子は、村から隔離された粗末な部屋に閉じ込められ、やがて死んでいくのです。

池間さんがそのような子に会って話を聞くと、
「家族のためだから、しょうがない。」と悲しく笑うそうです。
また、カンボジアでは、内戦で国民800万人のうち200万人以上が死亡したと言われています。そして、その戦争が終わった後も、地雷という凶器は残りました。地雷の怖さは、人を選ばないことです。

なんと、地雷は安いものだと200円程度で作れるそうです。ですので、内戦時に、大量の地雷が作られ埋められました。しかし、地雷を撤去するのは、1個1000ドル(約10万円)かかるそうです。だから、発展途上国が、これを撤去するのは無理。

日本人などは、ブルトーザーですべて爆発させてしまえという発想があるが、ブルトーザーが通れるようなところに、もう地雷なんて埋まっていないそうです。車が通れないようなところに地雷は埋まっていて、今でも現地の人を襲います。

そして、地雷を撤去したとしても、雨季によって一面川になり、地雷は流れてくるのです。そのまま土に埋まり、乾季にまた誰かの体を奪う。

だから、地雷をすべて取るなんて、絶対に無理だそうです。地雷被害は、一生続くのです。
池間さんが、そこで住む人に話を聞いたところ、
「私は貧乏だから、この村からから動けない。ここで農業するしかない。だから、きっと私はいつか地雷を踏むよ。でも、ここで農業をして家族を守らないといけない。といって、毎日、命がけで農作業をしているよ。」と語ったそうです。

このように、先進途上国は、まだまだ貧困が原因で苦しんでいます。日本は今、経済的には世界で最も豊かな国の一つです。しかし、日本も戦後は、現在のアジアと同じ状況でした。そんな日本を助けてくれたのは、欧米の国だったのです。

多くの国に助けられて、今の日本の豊かさがあります。私たちは今、多くの国に助けられたことを忘れてしまったのではないでしょうか・・・

海外のバイキングで、食べ物を大量に残すのは、日本人だけだそうです。その大量の食べ残しを見て、バックヤードでは、「また猿が来た。」と言われています。

日本人、つい数十年前まで、お米一粒に、仏様が入っていると言って、世界一食べ物を大切に扱った人たちなのに、今では、世界で最も食べ物を粗末にする国になりました。

そして、何より池間先生が危惧していたことが、日本の子供に対する過保護。

豊かになると、弱くなるというのは違うそうです。欧米の子供たちは、自立心が強いので、大学の学費なども自分で出します。しかし、日本の子は、ずっと親に甘えて生きている。

過保護は、暴力より人を苦しめる。

大切なことは、子供の頃に我慢させること。日本以外では、家事を子供がやるのは当たり前だそうです。貧しい国では、子供が仕事をやることも当たり前なのです。戦後の日本もそうでした。

家事をやることによってお母さんの苦労がわかると、お父さんの苦労もわかります。そうすると、家族を尊敬して、家族を好きになるのです。

池間さんが、ボランティアに関して、3点だけ大切なことをおしゃってくださいました。

1.理解すること。
まず、知ることが大切です。何もできなくても、貧しさのために死んでいる子供がいるということをわかってください。

2.少しだけ、分けてほしい。
1%いや、0.1%だけでいいから、分けてあげてほしい。余ったものをあげるんじゃなくて、自分の大切なモノの一部を分けてあげること。

3.最も大切なボランティアは、自分自身が一生懸命に生きること。

私はみなさんに、寄付をして欲しいからここに来ているわけではないのです。

ただ、みなさんに一生懸命生きてもらいたいのです。どんなに貧しい環境にいる子供たちも、生きる戦いをやめない。だから、私たちも適当に生きてはいけないのではないか?私たちも懸命に生きよう。生き抜くんだ。

本当に貧しい地域にいる子供たちの夢で、最も多いのは
1.大人まで生きること
2.一回でいいから、お腹いっぱいご飯を食べてみること
3.日本人になること

の3つだそうです。

この夢を、生まれただけで叶えられる日本人は、どんだけ幸せなんでしょうか?

そして、池間先生は、最後にNPOなどのボランティアでリーダーをやる覚悟を述べてくれました。

一、1対99の法則を知る。
NPOの活動に共感・感動してくれたとしても、実際にお金を出してくれる人は、100人中1人だけ。
これは、本当にそう思います。結局、どんな辛い話を聞こうとも、99人は明日になればそのことを忘れて日常生活に戻ります。そして、自分で稼いだお金を分け与えることに躊躇します。”稼いだお金は、まるで自分一人の力で稼いだ”という錯覚ですね。

ちなみに、2002年、アメリカで個人が寄付をした総額は22兆9千億円だったそうです。これに対し、日本では2189億円でした。つまり、100倍以上違うわけです。

この差は、日本の”寄付を許容しない税制”が大きくかかわっています。そして、それが寄付をすることが当たり前でない文化を作り上げ、このような結果になっていると思います。。

やはり、寄付に対する税制を、もっと変えていく必要性がありますよね。

この辺の詳しいことは、こちらをご覧ください。
日本の寄付金がアメリカの100分の1の理由は?

二、お金を集められなければ続かない。
大切なのはお金。なぜなら、人の命を守るには、莫大なお金がかかるから。理念や理想だけでは、ボランティアはできない。それは無責任。いかに、お金を集められるかが大切。

これも、その通りだと思います。多くのボランティア団体は、キャッシュフローを考えられないため、すばらしい活動をしているにも関わらず、続かないことが多いのです。ビジネスも社会活動も、お金が回らないと続けられないのです。

そして、日本で寄付を集めるということは、ものすごく大変だということです。

三、誹謗中傷に耐える。
日本でボランティア活動を行うと、誹謗中傷の渦の中に入る。自分も家族もボロボロに言われる。だから、何を言われても気にしない。誹謗中傷は、そよ風。

・・・これは、本当に日本特有なんでしょうね。池間先生も、このNPOから1円ももらっていないのに、本人を始め、家族も誹謗中傷にあったそうです。もちろん、海外でもあるんでしょうけど、ビジネスでも慈善活動でも、うまくいった人を匿名の人が誹謗中傷するというのは、日本で多いんだと思います。

それから、実際にやったことがない人がいう理論。僕もそうでした。アジアがずっと貧しいのは、やり方に問題があるから。「魚を与えるんじゃなくて、魚の釣り方を教えてあげなきゃダメだ。」という理論。

だったら、あんたがやってみろ!ということだと思います。本当に貧しい地域では、ビジネスをやることは、かなりハードルが高い。そんなことを教えている間に、どんどん人が餓死していくわけです。まずは、最低限の生活をできるようにしてから、自立させていかないといけないそうです。そのためには、長い年月とコツコツと継続したサポートが必要なのです。

僕も安全な場所で、理想論だけを言っていたと思います。

本当の貧困の現場は、理想論はまったく通用しないのだと思います。実際、池間先生は、拳銃で撃たれたり、刺されたり、レンガで殴られたりと命がけだそうです。危険な場所に行くときは、防弾チョッキと、拳銃を持参するそうです。

四、説明責任をしっかりしろ。
誰が何にどれだけ使っているか。をしっかり報告しなさい、ということ。

上記のようなことを聞くと、ホント、NPOなどは、まだまだ日本に根付いてないと思いました。海外のNPOの優秀な経営者には、高額が報酬が払われるそうですが、日本では考えられません。そんなことを日本でしたら・・・

しかし、池間さんをはじめとする、大勢の日本人が、今、アジアを変えようと命をかけて、戦っています。アジアから、世界から貧困がなくなる日は、きっと来ると思います。

@今日もありがとうございましたm(__)m

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