月別アーカイブ: 2011年4月

岩手県釜石市に支援物資を運んできました。

4月2日(土)に福島県南相馬市に、支援物資を運びに行きました。このとき、南相馬では米を中心とする食料品が不足しているということだったので、トラックに食料品をパンパンに詰めて運びました。

みなさまからいただいた支援物資の中には、飲料水やおむつ、生理用品、洋服などもたくさんありました。しかし、上記の理由でこれがまだ運べていなかったので、どこに運ぼうか様子をうかがっていました。

4月上旬頃には、ほとんどの避難所には、食料品が定期的に入ってくるようになりました。逆に、避難所に入れない・入らない遠隔地被災者の方々には、食料品がうまく行きわたっていないという状況は、まだ続いていたのです。

このような遠隔地被災者の方に支援物資を運ぼうとも考えたのですが、これも本当に流動的で、一昨日足りていなかったところが、昨日支援が来て足りるようになったり、昨日まで問題がなかったのに、余震によって、再びライフラインが絶たれて問題になるような地域もあり、恥ずかしながら毎日現場で活動していない私は、情報を得るスピードが遅く、このような方に物資を運ぶことが難しい状況でした。

そして、その頃、ずっと氣になっていた後輩Kと連絡をとることができました。後輩Kは、岩手県釜石市の市役所職員で、大学時代のラグビー部の二つ下の後輩です。すごい熱い男で、いいやつでした。Kと最後に会ったのは、3年ぐらい前のラグビー部の同窓会でした。

そのKとやっと連絡が取れて、話を聞くことができたのです。そして、話を聞いて愕然としました。。。

Kは地震当日、釜石で働いており、本当にギリギリのところで命拾いしたそうです。そして、その日から1日も休むことなく、釜石の避難所運営などを行っていたのです。本来、遺体の確認や運搬は警察の方がやることになっていますが、今回の大震災ではまったく人手が足りず、自衛隊や市の職員も手伝っているそうです。そしてKは、この遺体運搬の仕事をしていたのです・・・

市の職員も全員被災しているのですが、職員は被災した方の保護や書類作成、避難所の運営などをしていて、ほとんど休みなしで働いているのです。また、支援物資も避難所に入られている方が優先で、基本的に職員は「買って食べろ」と言われているそうです・・・

ですので、まともに食事も取れていない。。。

というような話を聞いて、「これは行かなければ」と思ったのです。

そして、4月16日(土)にハイエースをレンタカーで借りて、朝6時から積み荷を開始(物資を支援してくださったみなさま、本当にありがとうございました。休日なのに積み込みをしてくれたnum6Q、sho3、本当にありがとう)。

そして、朝7時に神奈川県川崎市から岩手県釜石市に向かって出発しました。車で10時間爆走し、午後4時30分ぐらいに釜石駅に到着。ここで、その後輩Kと会う約束をしていたのです。

僕は緊張していました。なぜ、後輩と会うのに緊張するのか・・・ それは、なんと声をかえていいか、まったくわからなかったからです。こんなに緊張したのは久しぶりです。

待つこと10分、トラックから飛び降りて、足ってくる男を発見。間違いなく、Kです。僕も走っていき、握手をして、ハグをしました。彼から発せられる匂いが、彼の激務を物語っていました。彼は「わざわざ来ていただき、ありがとうございます」と深々と頭を下げました。そして、そこから被災箇所を一緒に車で回ってもらい、改めて、今回の津波の甚大な被害に、ただただ「えー」という言葉と、涙しか出ませんでした。

↓僕が撮影したものです。街がずっとこんな状況でした。。。

そして、彼から話してもらった被害現場の実情は、メディアで伝えられていない部分も多く、本当に暗澹たる気持ちになったのです。

Kは、地震の瞬間は、釜石市の出先施設で会議をしていたそうです。大きな揺れを確認し、すぐに本部である釜石市役所に戻りました。そして、大津波警報が出ていることを知り、市民のみなさんに高台に避難するようにかけずりまわります。すでに、海水が道路に流れ込んできており、これは「とんでもないことになる」と確信したそうです。

津波は結局、第10波ぐらいまで来たそうで、最初の1波・2波は、建物でいえば1階が浸水するようなものだったです。そして、一番大きかったのが、第5・6波。このときの津波は、建物の2階部分も飲み込む高さになっていました。

そして、津波は何より、引き波が危険だそうです。第5・6波の津波の引き波で、多くの家と人が流されたそうです。引き波の後は、普段は海水がある場所で、海底が現れ、魚がパシャパシャとはねていたそうです。

Kは市民を避難させているとき、「1階に寝たきりのおばあちゃんがいる」と報告を受けました。そして、Kは助けにいきます。このときすでに、かなりの海水が浸水してきていたそうです。なんとかこのおばあちゃんを高台にあげて、Kもまた避難します。その直後、大きな津波が来て、おばあちゃんがいた家は飲まれたそうです。

数分遅れていれば、Kも間違いなく津波に飲まれていたと言っていました。同僚の市役所職員は、市民を避難させているときに、津波に飲まれて亡くなったそうです。市で指定していた避難場所さえも、今回の津波は襲ったのです。予想をはるかに超えた津波だったのです。

Kと一緒にラグビーをやっていた消防隊の一人は、防波堤の水門を閉めに行っていたそうです。明らかに、沖のほうから大きな津波が来ているのを、高台にいる他の人たちが発見しました。そして、その消防隊の彼に、「逃げろ!逃げろ!」と叫んだそうですが、遠すぎて聞こえることはなく、彼も津波に飲まれたのです。

釜石には、10メートル級の防波堤があったのですが、今回の津波はそれも超えてきたのです。また、いたるところで、その防波堤は破壊されていました。しかし、この防波堤のおかげで、他の海岸沿いの地域より、被害は少なくて済んだそうです。

隣の大槌町では、地震直後に、町長と職員の方が、災害対策の緊急会議をしていたそうです。素早く、市民の方への対策を考えていたのです。しかし、その会議中に津波が襲い、町長をはじめ、職員の方が津波に飲みこまれてしまったそうです。

また、大槌町ではその後に大規模な火災も発生してしまいました。指示をするトップがいないため、かなり混乱してしまったそうです。

Kは、その後、釜石市の災害本部の本部長として、避難所運営にかかわりました。地震直後の2日間、食料品はほとんど届かなかったそうです。少しあった食料品は、もちろん避難所にいる市民の方々に回し、職員はゴルフボールぐらいのおにぎりを1日1個だけ食べられたそうです。その後も職員は、避難所の方のために飯ごうで炊いたご飯のおこげを、飯ごうを洗う場所で、こっそり食べていたそうです。

またKは、奥さんの職場が青森のため、青森に自宅があります。ですので、地震直後からまったく会えていなかったそうです。他の職員も、もちろん被災しています。Kも車を流されていますが、家を流された方、家族が行方不明の方、みんな被災しているのに、職員は休暇などないのが現状です。

そして、避難所からは、だんだんと不満も噴出します。これは、すべては市役所職員に向けられるのです。すでに、倒れてしまった職員の方もいるそうです・・・

Kは、明るく振舞ってくれていましたが、今はまだ緊張感があるからかもしれません。少し落ち着いてきた頃に、PTSDなどの問題も、非常に気になります。

Kが今まで立ち会って運んだご遺体は200体以上。ご遺体のなかには、妊婦さんや、赤ちゃんを抱きながら亡くなっているお母さんもいらっしゃったそうです。Kは、最初の頃はご遺体を見るたびに、涙を流していたそうです。しかし、このままでは自分が壊れてしまうと思い、感情を入れないようにしたそうです。。。

ただでさえ、津波でご遺体のダメージは激しいのに、地震から1か月以上たった今では、さらにダメージが激しくなります。Kの話を聞いているだけで、頭がおかしくなりそうでした。またいろいろな事情があり、報道できないこともあり(治安上)、現場はまさに地獄絵図だと思いました。

釜石はイクラ、アワビ、メカブが一つになった名産「三陸海宝漬」で有名な三陸屈指の漁港でした。しかし、今回の津波で魚市場は壊滅的な被害を受けました。釜石港に止めてあった船はほとんどが流され、残った船は数隻。

漁師の間では、「津波が来たら船を沖に出せ」という教訓があるそうです。今回も、船を出した漁師が大勢いたそうです。しかし、中途半端に沖に出た船は、みんな津波に飲まれてしまったそうです。遠くの沖まで出た漁師は、そのまま数日間沖で過ごした後、戻ってきたそうです。

ワカメ、コンブ、ホタテなどの養殖場も、釜石港にはたくさんありましたが、すべて流されてしまったそうです。Kは、このことを、本当に残念がっていました。

釜石では小・中学生の津波に対する避難訓練が真剣に行われていました。その結果、小・中学生の生存率99.8%だったそうです。
この地域には、「津波てんでんこ」という昔話が伝えられていて、地震があったら、家族のことさえ気にせず、てんでばらばらに、自分の命を守るために1人ですぐ避難し、一家全滅・共倒れを防ぐという教えがあるそうです。
小・中学生の生存率99.8%は奇跡じゃない 「想定外」を生き抜く力

しかし、その結果、すでに80名以上、この津波で両親を亡くしてしまった子供がいるそうです。大人たちは、みんな家の2階に逃げました。また、車を助けるために(車は海水に浸かると使えなくなる)、車で逃げている最中に津波に飲まれてしまいました。

福島県の南相馬でも聞きましたが、「お財布や大切なものを取りに行った人が、みんな津波に流されてしまった」と。とにかく、着の身着のまますぐに逃げた人が助かったそうです。

僕はここから大きな教訓を受けました。「常に防災訓練はしなてくはいけないし、何か起きた時は、とにかく何かに固執しないで逃げる」ということです。

K曰く、「漁師は高齢の方も多く、これで廃業する方が多いと思う。釜石にあった会社も壊滅的な被害を受け、会社を再建するのは大変。釜石で働く従業員は、働き口を求めて、他の地域に移動する方も多いだろう」と言っていました。

避難した人も含めて、釜石市では転出の状況がまったく読めず、人口がかなり減ってしまったのではないか?と心配していました。

ここでは、まだ「復興」という匂いを感じることができませんでした。

みなさまからいただいた、食料品やおむつ、衣類は、すべてこのKと市の職員の方に寄付してきました。本当に、着るものもほとんど持っていない方々だったので、古着の服もとても喜んでもらいました。ありがとうございました。

@今日もありがとうございましたm(__)m

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福島県南相馬市に支援物資を運んできました。

福島県いわき市は、原発からの距離が30から50キロと近いこともあって、支援の手が回っていないという情報を加藤秀視さんのオフィシャルブログで3月24日の木曜日に知りました。

そして、いろいろな情報を得て、福島県いわき市までは行けること、行くことによって、迷惑がかからないことが確認できたので、だったら、少しでもいいから物資を運べればと思い、早速運送用のトラックを探し始めました。

が、年度末と引っ越しシーズンまっただ中で、まったくトラックが空いていません。。。

どこのレンタカーもいっぱいで、知り合いの運送業をやっている方にもいろいろと聞いてみましたが、やはりこの時期はトラックが空いていないとのこと。

「くぅ~、最悪、物はあまり運べないけど、ガソリンを使わないプリウスで福島まで行こうか」と本気で考えはじめたころ、Twitter経由で、天野郁さんにトラックを出してくれる運送会社をご紹介してもらいました。いや~、Twitterって、すごいです。こうして、一昨日の3月25日(金)にトラックが確保できました。

いわきの現状を聞いて、なるべく早く物資を届けたかったので、トラックが空いている3月26日(土)に行くことを決意しました。しかし、この時点で、支援物資は何もありませんでした(^_^;)

すぐさま、キャストが物資を買いにスーパーに走りました。しかし、スーパーやコンビニは、どこも必要な物が品薄です。または、数量制限があり(カップラーメン1人2個までなど)、なかなかうまく調達できません。お店の人に「支援物資なんです」と言っても、ルールはルールなのです。数量制限がない物については、大量に買ったのですが、これはこれで他のお客様から、「買占めだ!」と怒られたりして、買いに行ってくれたキャストには悪いことをしました。でも、本当にありがとう。

そして、これまたTwitter経由で、タイワハウスのよしだそうさんから、段ボール28個の支援物資があるけど、一緒に持って行っていただけますか?とのご提案をいただきました。

*タイワハウスでは、3月31日まで支援物資を募集しています。トイレットペーパー1個から大丈夫だそうです。
詳細はこちら>>笹塚からトイレットペーパー1つでも支援物資を送ろう!

このご提案をありがたくをお受けして、タイワハウスみなさまの心のこもった支援物資を28箱、お預かりいたしました。

また、うちのキャストが、mixiの神奈川県川崎市宮前区のコミュニティーに、支援物資寄付のお願いを投稿してくれて、それを見た人が10人ぐらい物資を届けてくれました。

トラックが出発する20分前まで、
「途中のコンビニで買いました。すみません、これしか買えませんでした」と言って、500mlの水のペットボトルを握りしめて、持って来てくださったのです。本当に感謝感謝です(T_T)

こうして、一昨日の25日(金)+26日(土)の午前中で、なんとか部屋いっぱいの支援物資を集めることができました。

小さな会社はストーリーを語れ!岩崎聖侍のヒーローズ・マーケティング-1

そして、昨日26日(土)の11時30分から、うちの会社のキャストが手伝ってくれて、無事にトラックに積むことができました。

小さな会社はストーリーを語れ!岩崎聖侍のヒーローズ・マーケティング-2

そして、昨日26日(土)のお昼12時に、福島県いわき市に向かって出発しました。

小さな会社はストーリーを語れ!岩崎聖侍のヒーローズ・マーケティング-3

今回、トラックを出してくださった会社は、物流関係の会社の方でした。そして、ドライバーさんは、普段コンビニやスーパーなどに物を運んでいる方だったのです。ドライバーさんに「全然、物が売っていなくて、思うように集められなかった」という話をしたら、いきなり、普段荷物を運んでいるコンビニの店長さんに電話してくれて

「支援物資なので、売ってくださいませんか?」と交渉をはじめてくれました。その結果、なんとカップラーメンをケースで10個も譲っていただけることになったのです!!

小さな会社はストーリーを語れ!岩崎聖侍のヒーローズ・マーケティング-4

譲ってくださった店長さんは、「今朝のニュースで、福島県の避難所の人は、1日パン1個と言ってた。僕も何かしたいけど、何をしたらいいか・・・ せめてこれぐらい」と言って、なんとチョコのケースを寄付してくださいました。本当にありがとうございます!

小さな会社はストーリーを語れ!岩崎聖侍のヒーローズ・マーケティング-5

こうしてカップラーメン10箱とチョコ1箱を追加して、再びいわき市に向かいました。

小さな会社はストーリーを語れ!岩崎聖侍のヒーローズ・マーケティング-6

ドライバーさん曰く、普段の土曜日より車の数は少ないということでした。

昨日はかなりの強風で、川には白波が立っていました。砂ぼこりもひどかったです。何か、これから行く先を暗示しているようで、私の気持ちは沈んでいったのです。

茨城県に入った頃から、車の数はかなり減ってきました。そして、高速道路のアスファルトが、いたるところで新しくなっていました。「これだけの数を、10日間ぐらいで直したんだな~」と感心しながら、福島に向かいました。

しかし、まだまだ道路はかなりデコボコで、また風も強かったので、トラックは完全ジェットコースター状態です。何度、体が宙に浮かんだことか・・・

そうして、福島県に入ると車の数は激減します。また途中のサービスエリアでは、物がほとんど売っていません。タバコすら、一個もないのです。そして、すべてのサービスエリアで、ガソリンを入れるための車の、長蛇の列ができています。

そして、午後3時30分頃、いわき中央インターにつき、ここで高速を降りました。この先の高速は通行止めなので、ここからは下の道路で行かないといけません。

いわき市内に入ると、一見、、、 普通です。家が倒壊しているようなところはありません。しかし、お店が全部やっていないのです。飲食店もかなりの数があるのですが、営業しているところを1軒も見つけることができませんでした。

「いわきの人は、どうやって食事を取っているのだろう?」という疑問が、当たり前ですが湧き出てきました。

そして、目的地であるいわき平競輪場に到着。今回は、いわき平競輪場に支援物資を搬入しました。いわき平競輪場は、いわき市災害対策本部の緊急生活物資の受入先となっています。いわき市への支援物資は、ここに集約され、足りないものと必要な物のミスマッチがないように、いわき市全土の各避難所に運ばれるそうです。

もちろん、直接、各避難所に物資を運ぶこともできました。直接避難所に届けた方が、実際に避難している方の声も聞けるだろうし良かったのでしょうが、どの避難所も食料品が不足しているとのことで、無駄なく分配されることを願って、あえていわき平競輪場に搬入させていただきました。すみません。

小さな会社はストーリーを語れ!岩崎聖侍のヒーローズ・マーケティング-7

みなさまから預かった支援物資は、すべて搬入することができました。

$小さな会社はストーリーを語れ!岩崎聖侍のヒーローズ・マーケティング-8

積み下ろしを手伝ってくれたボランティアの方にいろいろと話を聞くことができました。

小さな会社はストーリーを語れ!岩崎聖侍のヒーローズ・マーケティング-9

この方も、この近くに住んでいる被災した方です。被災した方が、24時間態勢でボランティアをしているんです。早く、ここにも他県からのボランティアが行かないといけないなと思いました。ただ、原発問題がもう少し落ち着かないと、この地域にボランティアが集まりにくいことは容易に想像できます。

支援物資のほうは、2日前ぐらいから、やっと少し入るようになったそうです。それでも、配給は1日2回。ですから、1日2食を食べられればいいほうです。その前までは、1日1食。1日パン1個などもあったそうです。

とにかく、福島の場合、津波被害にもまして、原発の風評被害が大きいようです。避難する方のガソリンも運搬されてこないですし、そもそも、福島県の人の受け入れを拒否するところもかなり多いそうです。ですから、他県に避難したい人も、非難出来ていない現状があります。

また自衛隊や行政の物流も混乱しているそうで、支援物資が十分に届いていません。ですから、食料品の支援を、是非お願いしたいとおっしゃっていました。

いただきたものは、日持ちする食料品だそうです。賞味期限が3ヵ月以上あるものが理想です。

・缶詰(肉・魚など)加熱不要のもの
・ビンもの(なめたけ・佃煮のり、お漬物など)
・お米(精白米、無洗米、レトルト、アルファ米など)
・飲料(お水、スポーツドリンク、果汁飲料等 500ml、2L)
・カップラーメン、レトルトパック

甘い物、お菓子やフルーツより、主食になるものだそうです!

3月31日追記
ここ数日間で、大勢の方がいわき市に支援物資を運んでくださったそうです。ですので、だいぶ食料のほうは入ってきています。すでに、飲料水の受け入れは、止めています。

http://www.city.iwaki.fukushima.jp/koho/010598.html

詳しくは、いわき市災害対策本部 救援物資担当 電話 0246-21-1190 0246-21-1193 まで、お問合せください。
 

このボランティアの方からは、何度も何度もお礼をしていただきました。そして、支援してくださった方に、何とぞ、よろしくお伝えくださいと、言付かりました。

支援物資を積み降ろした後、実際に津波が来た場所や避難所にも行こうかと考えたのですが、すでに日が落ちかけていたことや、この辺では、ガソリンも全く売っていないので、迷惑がからないように、今回はこのまますぐに東京の方へ戻ってきました。

とにかく、自衛隊と行政の支援物資の物流が安定するまでは、食料品を少量でも福島に運ぼうと思っています。まったくもって微力ではありますが、4月2日(土)にも、福島に行きます。今度は、いわき市と同じぐらい、食料品が不足していると言われている南相馬市も考えています。4月2日(土)の早朝時点で、最も食料が足りていないところに運ぶつもりです。

カップラーメン一つでもいいので、支援していただけるとありがたいです。

詳細は、こちらをご覧ください。
■>>支援物資募集中!福島県に支援物資を運びます

車でたった数時間走って着いた福島県いわき市は、東京都とは別世界でした・・・ 毎日、お腹いっぱいご飯を食べられることは、とても幸せなことですね。

今回、物資を支援してくださったタイワハウスのみなさまや、宮前区のmixiコミュニティーのみなさま、Twitterで仲良くさせていただいてるakko @nontakkoさん田中聡美さん、本当にありがとうございました。

みなさまからいただいた物は、カップラーメン1つでも、いわきの方にとっては、命をつなげる大切な食料となっています。この場をお借りして、お礼を申し上げます。

本当に本当にありがとうございました。感謝という言葉しかありません。

いつも、ありがとうございます。

3月31日 追記

下記の動画がアップされ、いわき市の平競輪場から物資が運ばれていないというような話が出ています。

私的には、だいぶ、バイアスがかかった字幕だと思います。もちろん、まだまだ避難所には必要な物があると思いますが、いわき市の避難所に確認している限り、物資は届き始めています。

ここにある物資は、今後、数か月分をまかなわなければいけない食料なので、大量に見えるのは仕方ないと思います。

ただ、ここ数日間で、大勢の方がいわき市に支援物資を運んでくださったそうです。ですので、だいぶ食料のほうは入ってきています。すでに、飲料水の受け入れは、止めています。

http://www.city.iwaki.fukushima.jp/koho/010598.html

今、食料が全然足りていないのは、南相馬市のようです。ですので、今週は、南相馬市に行くことを予定しています。

支援物資募集中!福島県に支援物資を運びます

SMILEJP 東北地方太平洋沖地震 緊急支援 現在約170万円以上集まっています

大地震で厳しい状況は続きますが、お笑い芸人などの「スカブラ」も必要

ヤザワ作戦決行中。みんなで伝説つくろうぜ!

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SMILEJP GW東北応援旅行 ヤザワ作戦 参加者募集!

カンボジアスタディーツアー2011 子供たちの笑顔に会いに行くSMILEJPを企画・主催して、素晴らしい旅行にしたSMILEJPのアンジェリーナジョリーこと、めぐが、風評被害にあえぐ、福島の旅館に行くツアーを計画してくれました!!

↓↓めぐから

SMILEJPのみなさま

お久しぶりです。SMILEJPのめぐです。

東北大地震から1ヶ月が経ちました。

たくさんの人たちが節電や募金、物資輸送やボランティア等で協力し合っている今、SMILEJPとして、私たちも少しずつ活動を行なっています。

■CIVIC FORCE(災害救援チーム)さんへの寄付
http://justgiving.jp/c/1826

■支援物資輸送
http://ameblo.jp/iwasakiseiji/theme-10034206035.html

<SMILEJPゴールデンウィーク東北応援旅行(一泊二日)参加者募集!!>

先日から、みなさんにいただいたご意見をもとに、この企画をブラッシュアップしました。
私のご連絡が遅かったため、なかなかみなさんのご都合が合わず、今回は旅行会社を通じての団体ツアーを取りやめることにいたしましたが、「1日でも参加したい!」という方が多くいらっしゃることから、5/3(火)~4(水)の一泊二日でのプチツアーを開催いたします。

以下、ツアー内容(予定)です。

■5/3(火)
12:00 会津若松駅集合
12:30 昼食(会津B級グルメを予定)
13:30 会津若松市内観光(鶴ヶ城、御薬園、麟閣の観光、会津絵ろうそく絵付け体験等)
18:00 会津若松駅→喜多方駅  喜多方市内にて宿泊(夕食付き)

■5/4(水)
07:00 起床(朝食付き)
08:00 蔵のまち喜多方散策(史跡見学、桜の道散策、クラシックを聴かせて発酵させる酒造見学、絞り藍染め体験等)
12:00 昼食(名物喜多方ラーメン)
13:05 喜多方駅 D51ばんえつ物語号乗車(SL列車です)
13:37 会津若松着、各自お土産探し等自由行動、解散

※今回はボランティア活動は中止となりました。

大体2万円前後を予定しております。(現地での移動費、見学・体験料、宿泊費を含む。現地までと帰りの交通費、食費、その他費用は含みません。)
詳細は決まり次第ご連絡いたします。

行きと帰りの交通手段ですが、申し訳ございませんが各自お手配をお願いいたします。ただし、行きにつきましては東京~会津若松駅前の夜行バスを若干数ですが席を確保してあります。
5/2(月)23:10 東京駅八重洲口 鍛治橋駐車場発
5/3(火)06:40 会津若松駅着

このバスで宜しければ、ご連絡いただければご利用いただけます。(先着順、\4,000-)
12:00の集合時間まで時間がありますが、バスでしっかり寝て午前中から会津を満喫しましょう!!

あまり内容が決まっていない中申し訳ございませんが、人数を把握したいので、参加希望の方は下記フォームより、お申し込みください。上記のバスご利用希望の方は、フォームの備考欄に記載願います。

福島県の観光客は、例年の10分の1以下になっているそうです。。。 原発の風評被害に遭われている地域で、食事や観光場所で消費を行い、その安全性について発信し、風評被害をなくしたい。日本の、福島の観光産業を応援しませんか?

<お申し込み・お問い合わせ>はこちらから

行き帰りの手配が難しかったり、何かご希望ございましたらお気軽にご連絡ください。

みなさまのご参加をお待ちしております。

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まだ、GWの予定を立てていない方、興味がございましたら、メールをいただけると幸いです。これもヤザワ作戦の一環です(笑)

@今日もありがとうございましたm(__)m

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感動動画 「WALKING TOUR(ウォーキング・ツアー)」

WALKING TOUR(ウォーキング・ツアー)」という動画を知っているでしょうか?
saparaさんという方が制作したFlashアニメなのですが、2002年にWeb上で公開されると、すぐに大きな反響を呼びました。そして、2006年には絵本として発売されるまでにいったのです。

東日本大震災が起きてから1か月が経ちました。大学時代の後輩で、岩手県釜石市で働く市の職員に、地震の日から今までのことをいろいろと聞きました。彼は今、災害本部の本部長として、遺体の運搬を行っています。200体以上の遺体を見てきた彼から出る言葉は、それはもう残酷なものでした。大津波はあまりにも突然に、そして無残に人の命を奪ったのです。

ほとんど被災をしていない私でも、やり切れない思いでいっぱいです。被災した方々は、いったい・・・

私なんかに、被災した方々を励ますことなんてできません。ただ、自分のなかで、今、もう一度見ようと思った動画がありました。それがWALKING TOURです。

↓WALKING TOUR↓

私たちは、前に歩き続けるしか、ないのですね。

そして、私もいつか歩みを止めるときが来るわけで・・・ その時に、前に歩いていっている人達を応援したいです。

@今日もありがとうございましたm(__)m

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